■映画の主題歌として書き下ろされた楽曲
若者を中心に大人気のSaucy Dogから新曲”紫苑”を考察していきたいと思います!
紫苑(しおん)とは花の名前です。花言葉を検索すると”追憶”や”君を忘れない”などと出てきます。
ただ、花言葉自体の由来を調べていくと、”追悼”というワードも出てきました。
追悼は死者に対して、追憶は過去の記憶に対して想いを馳せるというように、意味合いが若干違ってきます。
楽曲のPVを見ると、主人公の男性の、別れた彼女への後悔・悲しみが映し出されています。
彼女と思われる女性は真っ白の服を纏っており、曲のストリングやピアノ、また歌詞から、死んだ彼女に対しての想いというようにも考えることができました。
ひとまず、まだ見てない方は是非先にPVを見てみてください!
この楽曲は映画のために書き下ろされているということで、映画の内容にマッチするような描写がされていると思います。
映画『君を愛したひとりの僕へ』と同時公開される映画『僕が愛したすべての君へ』、この2つの映画は、見る順番で感じ方が変わるというとても面白い映画だそうです。
僕はまだ映画は見に行けていませんが、予告やあらすじを見る感じ、この楽曲は”追悼”の意味合いで良いのではないかと思っております。
楽曲を初めて聴いた時から、ボーカルの石原さんのなんとも切ない裏声に魅了され、歌詞に涙しました。。。
また、珍しくピアノがガッツリ使われている楽曲です!
それでは一緒に切ない気持ちになっていきましょう。。
■離れ離れになっても、いつかまたどこかで会える気がしている・・・
時間を戻せたら、違った運命だったかな。
いくつになっても。奇跡なんかを信じていたかった
しわしわのヨボヨボになっても必ず迎えに行くから。
1番のAメロから別れを想像するような悲しい歌詞で曲は始まります。
“いつのまにか。”、“いくつになっても。”、この句読点の丸が入ることがすごく意味のあるように思えます。
呟き・気持ちの整理・区切り。いなくなってしまった彼女に対しての想いに、いちいち切なさを感じます。
どれだけ傍に居た2人でも、終わりが訪れることがあります。別れは突然やってきます。それがもしかしたら、突然の死かもしれません。
主人公の男性は、“時間を戻せたら、違った運命だったかな。”と、悔やみます。
自身が歳をとっても必ず隣に戻ることを、頭では考えています。
「どうせ」より「きっと」その方がずっと
楽だと思っていたかった
一緒にいた頃の2人について振り返ります。
何が幸せだったとか、何で喧嘩したとか、何が起こったとか、そういう具体的な話ではなく、ちょっとした接続詞レベルの話を考える主人公。
“きっとなんとかなるさ!”のような心意気でいたけど、おそらくそれがダメだったんだと悔やみます。
隣に彼女がいなくなってしまった今では、後悔しか残りません。
ピアノがすごくいいです。。。
いつもみたいにさ笑って「じゃあね」
今日からひとりずつ。でもどこかで
また会えるような、そんな気がしてる。
一緒にいたときの、例えばデートの帰り際のように、笑って「じゃあね」が言えれば悲しくないはずなのに、今日は涙が止まらなくてとても苦しいです。
今来る日いのは自分のせいなのに、涙のせいにしてしまうところも、主人公の苦しさを物語っています。
“今日からひとりずつ。”
気持ちの整理はついていないけれど、何を願っても彼女はもう隣にはいません。
ここの句読点も、”今日からひとりなんだ”と、足掻いても変えられない未来に対して自分を納得させているようです。
今まで一緒にいた自分達なら、なんだか偶然どこかで会えるような気がしているということでしょう。
もしこの曲が彼女と死別している状況であれば、いつか遠く未来で天国のようなところで会える気がしていると、考えることもできます。
真剣に付き合ってきた2人だから、なんとなくどこかで会える気がしてしまう・・・とても切ないです。
書いてて苦しくなってくる・・・笑
まだ見ぬ未踏の地へ、ふたりだけの未来の為。
変わってしまう事。何をしたってもう変わらないモノ
時間を戻せたら、違った運命だったかな。
2人でいた時のことを思い出します。
映像では、彼女からもらったと思われる箱から手紙を取り出すシーンになり、手紙を読み始めます。
“変わってしまう事”は、彼女がいなくなってしまったこと。
“何をしたってもう変わらないモノ”は、彼女が戻ってこないということ。
そう考えられます。
主人公はひたすら時間を戻したいと、考えます。
未来を見つけ出したくて
ほら僕らどうせもう後戻りはできないんだ
掴み損なった未来を迎えに行く
夜の闇の中へ沈んでいくのは、光を見つけたかったからだ。
光とは、紛れもなく、いなくなった彼女の事だろう。
後戻りできない事はもうとっくにわかっている。
いなくなった彼女を追いかけるということだろうか。
気になるポイントは、未来という単語が2回出てくるが、1回目はひかりと読む。2回目は普通にみらいと読むこと。
ひかりは彼女の事だろうが、みらいは彼女のことではないのではないか・・・
彼女のいないこれからの未来で、新しい光を見つけるというニュアンスなのかなと思いました。
いつもみたいにさ笑って「じゃあね」
今日からひとりずつでも、どこかで
また会えるような、そんな気がしてる。
1番と同じ歌詞ですが、注目すべきは3行目。
“今日からひとりずつでも、どこかで”
ここの歌詞の句読点の位置が1番のサビとは違うのです。
1番のサビの時は、まだ認められない現実を無理やり整理しているように見えたのですが、時間が経つにつれ、少し整理がついたようなニュアンスを、僕は感じました。
“今日からひとりずつ。でもどこかで”
と
“今日からひとりずつでも、どこかで”
の違い。
ほんの少しの違いだけど、なんとなくニュアンスが違うの。わかりますか・・・?
ちなみにApple Musicの歌詞は1番と同じになっていました。笑
色々な歌詞サイトを見ても僕の考察している形になっていたので、おそらくこちらが正しいのかな・・・?と。
初めから全部が繋がってるんだ
今日からその日まで。きっとどこかで
また会えるように、そんな気がしてる。
転調して感情が爆発しそうになります。。
“世界が全てを忘れても迎えに行くよ”
なんていい歌詞・・・
付き合う前から、今隣にいなくなっても、多分2人は繋がっていて、だからずっとどこかで会える気がしてしまいます。
“また会えるように、そんな気がしてる。”
ここの歌詞も今までと少しだけ違います。
“また会えるような、そんな気がしてる。”
が
“また会えるように、そんな気がしてる。”
に変わりました。
時間が進む中で”また会う”ということが、想像から確信に変わっていったのかなと思いました。
その確信は”必ず会える”という確信ではなく、”必ず会ってみせる”という気持ちの決定ではないでしょうか。
石原さんの超高音が胸に響きます。Cメジャースケールから半音上に転調しているので、ここでの最高音はhiFになります。めっちゃ高いです。笑
涙腺崩壊・・・
石原さんの切ない声にやられました。
■いかがでしたでしょうか
一緒にいる男女は、必ずしもハッピーエンドを迎えるとは限りません。
冒頭にも話しましたが、急に事故に遭って、死んでしまうかもしれません。
そんなものは全て運だったり、タイミングだったり、少しだけ何かが違うだけで離れ離れになってしまうことがあります。
この楽曲の主人公のように、
離れ離れになってしまった彼女に対して、いつかまた会える気がしていて、その時に思い出話でもしよう・・・と考えている人は、少なくないのではないでしょうか。
もちろん、そんな感情は他人に話すものではないので、大切な人や大切だった人にそう想っている人は、自分の心の中に大事にしまって、いつか会える日のために今を生きていきましょう。
そして大切な人が今隣にいる人は、今をしっかりと育んで、より良い人生にしていきましょうね。
どんな状況であっても、後悔してからじゃ遅いからね。。笑
今回も読んでいただきありがとうございました!
またSaucy Dogの楽曲の考察はしたいと思っておりますので、よろしくお願いいたします!!
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